選挙で選ばれた市長の打ち出す政策が、脅迫電話で容易に撤回されるということは、投票の力より、脅迫の力の方が政治的影響力が強いという証左になってしまう。これは武雄市の政策から民意の後ろ盾が消えるということだ。
自分の望む政策を投票で実現しようとした人々の意志が、脅迫電話で簡単に覆る。そんな社会で、誰が投票に行く?そうなってはもう民主主義とは呼ばない。
だからこそ、一般的な民主主義の行政主体は、脅迫に対しては一も二もなく「なにがあってもテロには屈しない」とメッセージを打ち出すのだ。
ここで、「脅迫を受けたから」ではなく、「市民の不安が完全に払拭されないから」と言い換える政治的配慮を首長ができないあたり、ちょっと日本の民主主義の小学校たる地方自治は、結構深刻な事態になってるんじゃないかなあ。
